2008年12月25日木曜日

バージョン管理ツール

を導入した.
今更かよって話ですが
こんな時期にしか入れられません.
むしろ,論文書く前とかの時期でよかった.

いや,こんぴゅーたー使ってるなら標準装備でしょ?
って方がいたら,ごめんなさい.今更です.
知ったのが何せ今日だ.

んで,
何をするものなのかって言うと
自分(達)の作ったファイルのバージョンを管理してくれるツールです.

新しく作ったファイルと今まで作ったファイルのログを取ってくれてます.
フォルダごと!
ファイルやフォルダの更新の差分がとれてとても便利

文書の修正とか
プログラムの修正とか
やたらバックアップを取らなくてもよくなるし,
ログが残るから,どんな修正がおこなわれてたかもわかって便利.
もちろん,元に戻せる.


/**
*確認していないけれど,画像の差分もとれるらしい.
*ただ,バイナリは無理だとかなんとか.
*確認してはいない.
*exeは変わってるのはわかるけど,差分は表示できなかった
*そこまでは正直いらないけれども…
**/


使用したソフトはTortoiseSVN
ここからダウンロード可能
ちなみに各種の言語パックが置いてあって,一緒に入れれば日本語表示にもしてくれる.

本当なら,サーバ-クライアント型のネットワークで,
大勢とファイルを共有して仕事を効率よく回すために作られているっぽいけれど,
別にローカルでも便利に使える.

ヘルプも充実してていい感じ.

その上,いろんなところで,使い方を解説してくれている.

んで,
古いバージョンとかにもどす方法は
Googleでたどり着いたこの方のページ
ここを見た.

いまいち,直感的に分かりにくい作りになっているけど,かなり便利.
慣れの部分も大きい気はする.
そして,これだけの機能を使いこなせる気はしない.

まぁ,試してないけどWordとかはどうなんだろうね?
TeXはたぶん間違いなく動く.なにせ元がLinux用だそうなので

オレは,C#やらJava用で使いますが
これから,修論やら論文やらその他もろもろで,
大量に修正させられて忙しくなる皆様
こんなんいかがでしょうか?

追記
あたり前だけど,ファイルの差分をとれないだけで
以前の状態にファイルやフォルダを戻すことは可能でした.
コメントでバイナリとかがダメって言ったのは
バイナリの差分は見られませんよって事です.
誤解を招く表現でごめんなさいでした.

ですので,Wordのファイルを昔の状態に戻したりとかは
可能なはずです.
ログには変更点のメモが残せるので,何を変更したかも
分かりやすく整理できますよ.


なんで,オレは一銭の得にもならないソフトの紹介を
こんなにやっているんだろう?
気まぐれって恐ろしい….
仕事しろ,オレ….

2008年12月24日水曜日

忘れてた


みんなありがとうーーー!!


それだけ
うん
ただ,それだけだが
それが全て

2008年12月10日水曜日

明るいナ○o○ル の歌も変わったのだろうか?

さて,mixiの野郎がログインする度に
オレの日記はまだか続きをよこせとせかしてくるので
何かを書くことにする.

やれやれ,mixiは甘えん坊で本当に困った奴だぜ
ちょっとかまってやらないと,すぐこれだからな….

本当は,むちゃくちゃいろいろ書きたいことがある.

例えば,ノーベル賞を取った,白川先生の講演に行ったこととか
久々に友達と,カラオケ行ってラーメン食った話とか
研究にしろ,ちょこちょこと進んではいる
B'zの歌詞の解釈なんかは,コアな人から一般ピーポーまで書いてくれと言う
依頼がたまに来る.

が,なぜ何も書かないか
何も書かなかったか
人の日記には,わけわからんコメントを残すくせに
自分ので書けよと自分で突っ込みながら,
なぜ書かなかったか

まぁ,要は
書く気力が起きなかった.

ただ,それだけです.
いや,まぁ,なんだろうね.
やばい感じだよね.
精神活動しないって言うのは,よくない.
停滞は,モチベーションとかクオリティの低下にダイレクトに繋がるからね.
しかも,やっかいなことになかなか低下してることに気付かないんだこれが.
危ないところだった.

mixiの野郎は,甘えん坊だが
そんなオレの精神状態も考慮して
“書いておくれよ,お前さん”と
警告してくれたんだな
なんていじましい奴なんだ.

このmixiって奴は,なかなかお利口さんで
“この人,お前さんの知り合いじゃないかい?”
と言ってくれたりするんだぜ.
そんなこんなで,ネット上で“再会”を果たすわけですよ
いろんな人と.
そーしゃるねっとわーくさーびすってすげー

なんか,自分がここにいるだけで
何かと繋がってる,何かが起こっている
っていう感覚は
たぶん,なんか,すごく楽しいね

mixiとか作った人,すげー楽しいもん.
ありがとー,と言いたい

やっぱ,楽しいものを作るって原点からは外れないようにしたいねぇ~

なんか楽しいことないかなぁって探すよりも
自分から楽しいものを作っていこうぜってノリで
いつまでも生きていきたいものです
はい.

兎角,世知辛いニュースやら暗くなりそうな話が多い昨今
どうせ時間が過ぎるなら
楽しみながら過ごしていこうぜ~
って話でした.

つれづれなるままに書いたにしては,いいこと言ったなオレ
とか思っているオレが痛い
と思いつつも
これを読んだ人が,ちょびっとでも明るくなってくれるといいなぁ
とか考えつつ
書いた人は,ちょっと明るくなったぜ
とか報告をしてみる.

ちなみに,めずらしくタイトルは後付けです.

2008年11月7日金曜日

アヒルのワルツ

この前友人とカラオケに行った.
カラオケ自体が何か月振りだろう
というか,友人と遊ぶこと自体がかなり久々だった.
その節はありがとう.

まぁ,そのとき歌った曲があるんですが…
CMのイメージと歌詞の内容が全く違って,かなり凹んだ.
初めてラジオで聞いた時に,すげー歌だなと思ったものさ.

特に三番からの出来が秀逸すぎる.

以下が動画↓


一番,二番と楽しい雰囲気で来て三番が
三番がーーーーーーー…….

オレは救われない感じしか受けなかったんだが
皆さんはいかがだったでしょうか?

ちなみに歌詞は
こちら

2008年10月24日金曜日

コーヒーでも飲めばいいさ

mixiニュースでだが
こんな記事があった

/*青字は抜粋して引用しているだけなので,読み飛ばし可.*/

ちょっと抜粋


「珈琲一杯の薬理学」の著者で、東京薬科大学の岡希太郎名誉教授に聞いた。

「国内外のさまざまな研究から、コーヒーに2型糖尿病の予防効果があるのは間違いありません。日本人男性で1日5杯以上コーヒーを飲む人は、まったく飲まない人に比べ糖尿病リスクが4割低下するという統計もあります」

 そのメカニズムはハッキリしていないが、コーヒーに含まれるクロロゲン酸が糖分の吸収を遅らせるからだといわれている。実際、これと同じ作用の糖尿病薬があり、糖尿病患者に人気だという。

「ただコーヒーは深く焙煎すると、クロロゲン酸が分解する。糖尿病が気になる人は、浅煎りのコーヒーがお勧めです」

 C型肝炎のウイルスに感染した人も、コーヒーは飲んだ方がいい。

「毎日5杯以上コーヒーを飲む人は、飲まない人に比べて肝がんの発症リスクが4分の1に減るという統計があります。肝がんの原因の多くはC型肝炎ウイルスの感染です。大阪府立大の研究からも、コーヒーは抗C型肝炎ウイルス作用があり、C型肝炎から肝がんになるのを防いでいると考えられています」

 コーヒーはパーキンソン病にも効果があるという。

「パーキンソン病は主に50歳以上で発症する脳神経の病気です。治療にはドーパミンと呼ばれる神経伝達物質を補い、脳内神経を修復する薬が使われます。コーヒーはこの薬が代謝されるのをとどめる働きがある。パーキンソン病の薬と一緒に飲むといいでしょう


んで,


「飲み方次第で薬にも毒にもなる」のは心臓疾患のある人だ。

「コーヒーは心不全、狭心症、不整脈にいいといわれますが、効果があるのは1日1~3杯。それ以上は逆に心臓病のリスクを高めるようです」

 コーヒーは胃酸の分泌を促す。胃酸が少ない人には薬になるが、多い人には逆効果で“毒”になりかねない。


まとめると
一日五杯以上飲む人は飲まない人に比べて:C型肝炎からの肝がんの予防,糖尿病リスクが4割低下
一日1~3杯飲む:心不全、狭心症、不整脈にいい
一日1~3杯以上飲む:心臓病のリスクを高める

心臓病になるか糖尿やC型肝炎からの肝がんの予防をするか….
なんだ,この究極の選択.

なんで,一日五杯以上飲むか全く飲まないかだけの比較しか載せていないんだろう?

統計って切り方を恣意的にすると何でも通るから,嫌だねって話.
科学ってなんだ?

“心不全、狭心症、不整脈にいい”って書いてて,
どう“いい”のか載せてない時点で,
しょうもない記事だってことはわかるんですけどね.
“いい”ってなんだよ,“いい”って.

科学者の風上にも置けねーふてぇー野郎だなぁ.
伝える方にも問題がありそうな気はするけれどもね.

大体,いい点と悪い点の分量の差がね.
コーヒー健康法でも流行らせようって気かね.

まぁ,それとmixiのこのニュースにからんでるコメントが
“コーヒー飲んでる俺ってかっこいい”みたいなのばっかりで
ちゃんと読んでんのかよ…と思った.

まぁ,別にどうでもいいけど
科学ってなんだろう?
科学立国って何をどうするんだろう
っては思った.
虚無感つうか悲壮感つうかを感じつつ….

記事は斜め読みなんで,読み違いや間違いはごめんなさい.

2008年10月20日月曜日

容疑者xの献身

を見てきた.

映画ね.
いや,面白いわ.
東野圭吾はいいねぇ~.

映画自体が久し振り.以前見た“相棒”いらいですな.

テレビドラマの映画版って作り方じゃなくてかなりよかった.
何せテレビドラマの方は見てませんから.

最初のあれは燃えないだろとは思った.

ただ,かなりよろしかった.

以下ネタばれあり
















最後のあの報われなさがたまらない.
なんなんだろう.

そして,堤真一がよろしすぎる.
泣くところなんか,はじめて泣く人の泣き方だったもん.
なんか,堤さんのための映画だった.

それと,学者っていいなと思った.
ああいう友人って大事だね.
たぶんきっと,オレたちの飲み会も
あんな感じなのかもね.

あとは,P≠NPを解こうとしたりリーマン予想を解こうとしたり
小ネタがそそった.
四色問題って,高校生でも知ってないかい?
とき方は知らないにしても….

なんにせよ,いい映画だった.
今年はいい映画に当たる確率が結構いいですな.

祖母について

10/12に祖母が亡くなった.
享年83

体調を崩して入院中だったが,まだまだ元気だという話だった.
ちょうど三連休ということもあり
妻と二人で,祖母のお見舞いに行った.
結婚式に来たがっていたが,体調が思わしくなく結局,式には来れなかった.
と言っても,式のぎりぎり前も出席できるかもしれないというような体調だった.
移動が大変だろうということで式には来れなかった.

結婚式の写真も一部出来上がっていたので,それも持ってお見舞いに行った.

父から聞かされた話だと,お見舞いに行く前日
父が手の爪を切ってあげて,次に足の爪を切ろうとしたら
父をけって“お前には切らせない”と言って母を呼ぶように言ったそうだ
相変わらずプライド高く,元気だったそうだ.
そんな話をお見舞い前日の夜にしていた.

面会開始が午後一時からということで,病院へ移動していたら
電話があった.
体調が思わしくないので来てくれということだった.
移動中で今向かっているということを話したら,あっさりと電話は切られた.

病院に着くと,祖母の入院している四人部屋に向かった.
でも,そこに祖母の姿も祖母のベットもなかった.
体調が悪くなったので,個室か人数の少ない部屋に移されたのかと思った.
看護婦さんに聞いてみると
処置室に案内された.

処置室には,点滴と酸素吸入器が取り付けられた祖母が横になっていた.

ちょうど十分ほど前に息を引き取ったと説明された.

処置室に着いたのが12時半の少し前だった.
12時くらいに脈拍が弱くなり,12時20分に息を引き取ったそうだ.

間に合わなかった.
一人で逝かせてしまった.
一人はどんな気持だったのかと考えたら,涙が出た.
たくさんの“たられば”が出てきて,涙が止まらなかった.

駐車場に車を止めた父が後から来るので,
祖母の病室だった部屋の前で待っていた.

処置室の前には,シーツなどを入れておく籠が並んでいた.
祖母は,そんな部屋で亡くなったのかと考えると悔しかった.

死に場所を選べるのは贅沢なことだと思う.
それでも,そんな所で死なせるほど祖母の人生は安くない.

祖母は,看護婦をしていた.
普通の病院勤めの看護婦とは違い日赤の看護婦で,とてもすごい事らしい.
どのように凄いのかはよく分からない.
ただ,普通の人では成れないものらしい.
勉強ができる人で,仏壇から出てきた通知表には“甲”の文字しかなかった.

祖母には,海軍に行った兄がおり,その人から学費を出してもらい勉強ができた
と常々口にしていた.その兄のおかげだといつも感謝していた.

祖母は,戦争中,病院船に乗りたくさんの兵隊の看護を行っていた.
敵味方かかわらず助けていたこと,赤十字の船は攻撃されないんだということを
教えてもらった.
病院船では南十字星を見ることが出来たと言っていた.
戦争が終わると,広島で船を降り,原爆が落ちた広島を歩いたということを教えてくれた.

そして,祖父と出会い結婚し,父を産んだ.
結婚してからも祖母は,看護婦の仕事を続けていた.
祖母は父の弟を帝王切開によって出産するが,父の弟はすぐに亡くなってしまった.
小さい頃,一緒にお風呂に入ったときに,その時の傷跡を見せてくれたのを思い出す.
当時は,よく意味がわからなかった.
祖母も苦しんでいたのだろう.

父が小学校に入学したころ,祖母は肺結核に侵される.
三年ほど入院して,片方の肺を結核ごと潰すことで肺結核を治療したそうだ.
祖母は82才になっても片方の肺だけで,健康な82才の人の130%の呼吸ができていたそうだ.

退院しても祖母は仕事を続けた.
定年退職するまで仕事を続けた.
婦長を務めて退職する.

退職してからは,趣味の世界に没頭する.
ちぎり絵という和紙をちぎって描く絵を好んでいた.
ちぎり絵を習いに月に一回は京都に行くような生活だった.
NHKのホールで個展を開いたこともあった.
葬式の時に,久々に見たが,すばらしい作品だったと思う.
当時は,全然わからなかったけれども,今見ると
祖母の遺した作品は,どれも素晴らしい出来だった.

仕事や趣味に忙しかったので,
家族とどう係わっていったらいいのかわからない,不器用な人だった.
不器用な人だったのでよくオレや妹と喧嘩していた.
それでも,不器用ながらも愛情を注いでくれた.

“おらいの上孫”と言って可愛がってくれた.
帰省する度に“がんばれよ”と言ってくれた.

葬式のとき,思っていることはすべて言えた.
ここには,祖母が生きた証を記したかった.
祖母の人生は,祖母の死は,ぞんざいに扱われるものではなく
素晴らしい生だったのだと,留めておきたかった.

そして,かつて祖母の兄が祖母にしてくれたように
祖母もオレにしてくれたことを胸に刻んで
忘れないためにもここに記す.

誇り高い祖母が,誇れるように
オレも生きる.

ばあちゃん,八十二年間お疲れ様でした.
ゆっくり休んでね.